緊縛~安心感と皮膚

(アメブロからお越しの方は★からお読みください))

皮膚は外界と自分をつなぐ道具でもある。

人間は他のものとのつながりを以て安心することで生きることができる。
他がいるからこそ自分を感じることができる。
存在を確かめることができる。

だから触れ合うことや抱きしめられることが不可欠。

それらが不足すると色々なところで障害が出てくる。

体性感覚である皮膚感覚は皮膚の受容体を通し、
深部感覚は筋肉の圧力から神経を通して、

自分の存在=安心感を与えてくれる・・・

だから、性癖である緊縛は人気があるのか~

以前は偏見の目で「変態」だと思っていた。
(いま、何においても偏見がなくなっている私ですが)←ここで読むの止めないでください~wまじめで大切な話が始まります!

でも、これはセクシュアリティともつながり・・・

ということは生命の本能とつながっている根底の問題なのだ・・・

縛られると安心する心理

心理学の勉強をしていたとき、『太ももをタオルで縛ると落ち着く』ということを知った。
そのとき、というかこないだまで「緊縛」と関係している、つながっているなんて考えもよらなかった。。。

しかし、よく考えてみると面白いことに気づく。

縛る、というのは精神的にも肉体的にもある程度の安心感をもたらす。
ほどよく縛られていると心地よい。。。ネクタイをぎゅっとしめると気持ちがキリッと切り替わったり、、、

身体心理学的にも、私が行っているエモーショナルリバーステクニックにも共通するのは安定するのだ。

雑巾を絞ると固まって密度が狭くなり、平たんなところで安定します。

それと同じようなことが身体を通して心の中で起きています。

すると暴れていた感情が落ち着くのです。

物体と同じ。

 

抱きしめられる安心感~緊縛と皮膚感覚の見解

 

緊縛って結局、抱きしめられている感覚なのだと思う。
母親に抱きしめられる赤ん坊は生きるための安定を養う。
もし、抱っこが足りない、スキンシップが足りない場合愛着障害となって大人になってからも不安症になったり、情緒や精神的不安定以外に人間関係に様々な障害が起きる。

これは愛着障害だと気づかないことが多い。

緊縛は相手に自分のカラダを預ける、という精神的なものも含まれているらしい。

なるほど、、、

これもコミュニケーションであり、普段感じられない『委ねる』という行為による安心感、快感なのだ。

快感とは本能の領域で非常に健康面に関わってくる生命の感覚。

 

緊縛に関わらず、SMも叩いたり、拘束したり、、、それも人間の本質的、本能的な欲求で他者とのコミュニケーション、つまり、孤独を感じない(=生きるための行為)ためのものなのだろうと推測する。

おいおい、なんだか刺激的な話になってきてしまった(汗)
いくらまじめな話とはいえ、文字にするとやっぱり抵抗のある方もいらっしゃるかと思うのでここまでにしておこう(笑)

 

しかしタッチングという視点で見ていくと誰もが様々な形で人との接触、スキンシップを求めているのだと改めて思った。
そして偏見のない目が物事を見ると違った現実があるなとも思う。

他者との関わりが不安定になることはとてつもないストレスである。
人間関係というのは悩みの常、ストレスのもとであり、恋愛問題もやっぱりコミュニケーションによって幸福にも不幸にも左右される。。。

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