人が最も欲する感覚

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人間が根源的に「幸せだ」と感じるのは

「安心」

できているとき。

本能的な反応としても自覚あるにしても。

といつも言ってますが根源的に
欲しがっているのに足りてないものがある。

それは・・・

大事にされる感覚

人って、ないがしろにされていると感じたり、
上から目線で何を言われたり、
自分の意見を言えなかったり、

なんだか、自分が正当に扱われてないなーと感じたときに
とっても悲しくなったり、怒りをおぼえてたりする。。。

それも結局は自分が自分をそう陥れる無意識の癖がついていたりするんだけど。

本能的に誰かに弱音を見せても全面的に肯定してくれるような
味方になってくれるような存在が必要。

お母さんにいいこいいこされるような。。。

それって男性はとくに、、、
常に社会でがんばっているからこそ安息の時間、
こころ委ねられるような心を明け渡せる無防備なときも必要。

だから、社長さんたちは銀座のクラブへ行くんですね。

女性が好きな人ほど仕事ができる、なんていいますけど。

その分エネルギー使うから。

女性は逆にマッサージで感じたりね。

そもそも人間の本能的に「いいこいいいこ」してくれてる安心感を求めるもの。。。

だからがんばれる。

「大事にされているなぁ~」
「この人は大事にしてくれている」

と感じたら信頼できる。

それこそがパートナーシップに必要なのだ。

尊重であったり、信用であったり、、、

でも、自分のことで手一杯になっちゃうと相手を尊重できなくなったり、
余裕がなくてついついないがしろにしたり、、、
もしくは相手の行動や言動を自分への批判へ否定へ解釈してしまって
関係がおかしくなることもある。。。

それはたいてい、勘違いなんだけども。。。

そして、今度は自分を大事にできなくなる。

あとね、自分が自分を大切に出来ていないから相手へ求めていると関係がおかしくなる。

そんなことがあったなぁ~~~
何度も。何度も。
いまももちろん。

人って、無条件に「大事にされている」って感じたとき
愛されているな~~~って安心するんだと思う。

愛って「存在価値」ね。

自分がありのまま、このまんまでいいんだ!っていう確信が持てることって本当に大切だと感じています。

その感覚をわたしは少しずつ自己探求で理解してきた。

実感として感じてきた。
すると生きづらさがなくなっていった。

それをタッチングで実感したからタッチング、そして自己受容でお伝えしている。
そんな長年でやっと感じた自分への肯定感と安堵感をおっぱいマッサージで感じたときに衝撃を受けた。

そんな衝撃をわたしも与えたい。
師匠にはまだまだ遠いけど、まごころと愛を感じられる手技を提供したい。

リフレクソロジーでもアロマトリートメントでも皆さんこのことを感じて頂いてる。
意識的にも無意識的にも。。。
とにかく、タッチングっていい。

「大事にされている」と感じることでいろんな問題が消えていく気がするから。
母からの愛と同じ、無条件の愛。
赤ちゃんになる感覚。

人間にとって一番大切なことのような気がするから。

でも、自分が愛される存在でないとか大事にされる価値がないという
ビリーフを持っている人は逆に「気持ち悪い」とか苦手に感じるかもしれません。

大事にされたり愛されることが自分の中でOKになっていないので
「やめて!」と抵抗するので愛されることを避け、
逆に愛してくれない人と付き合ったり、きつい上司の言いなりになってしまいます。
そのほうが心地よいから。
これで幸せならいいのですがいつも自分の気持ちを確認してみることを忘れずに。
本来の自分になってない証拠かも。

大事な存在、でそのまんまでいいって感じられたときのあの解放感、
自由で、身体が軽くなって、深呼吸できるかんじはまさに”生きている心地”だった。

大事に、だいじに、、、するよ。
あなたのこと。

だいじに扱う。
大切な身体、大切な魂。大切な存在。

唯一無二の。

本人が自分が大切な存在であると気づけるタッチング。

自分が自分を愛することができて他者へも健全に愛せるようになる。

本当の愛に気づく、本来の自分に気づけるタッチング。

ただ触られるのではなく、触れ方によって感じ方も変わる。
魂に触れてくれる触れ方で施術を受けたときのあの感動と解放感は、、、
言葉に表せないほど、「生きててよかった」と頭で考えず身体の感覚のみに浸り、
恍惚とするあの経験を私も皆さんに提供したい!

おっぱいマッサージ、、、3月も10名限定です。
どんどん進化していってます。

★おっぱいマッサージモニター募集 限定10名 3月★

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3月のテーマは「妊活(不妊)」

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3/1 感情と触覚~マイナス感情がOKになる講座

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3/13 自己受容のためのセルフワーク(問いかけ)講座

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3/20 無意識が抵抗する場合はERTやEFTがいいかも~。

はじめてのEFTセルフケアミニ講
https://resast.jp/events/411039

3/20 EFTマスター講座
https://resast.jp/events/411039


自己受容は他人からもたらされることもある

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Mindful Sex Gatheringのため

京都、行ってきました~^^

0泊3日!(笑)

すごい良かった!大興奮しています(笑)

大きな気づきがありました^^

っていうか、打ち負かされました。。。自分はまだまだで全然自己受容できないってことに正直になれた。。。

こうやっていつも時々こうしたものに触れて初心に戻り、
自分に戻ること、他者との関係によっての学びが

できること、、、ありがたい。

私が感じた、気づいた、ことをシェアしたいので
あとで動画を配信します。

だって、伝えたいって直感が震えてるから!!!

で、なんでこのタイトルになったかというと

私のお伝えしているテーマである自己受容は

すべてに通じているのですが

ここでかなり色々と思うところありました。

それは・・・

自己受容の誤った認識

 

自己受容によって私は人生がよりよくなった経験からそれを基本にしてお伝えしていきている。でも、言葉によって言葉が先だってしまうようになると本来の意義から外れていくことを実感していて、、、、
瞑想もそうだけれどどうも言葉として広まるとどうやら異なった意味でとらえる人が増える。

瞑想も「やろう」とする人が増えて、本来のものから外れていく。

だから、もう自己受容という言葉を使わない方がいいかな?とまで思っている。

 

自己受容は瞑想と同じで「する」ものじゃない。

自己探求をしながらもたらせられるものだし、自分と向き合うだけじゃなく他人との関わり合いによって自己受容できるようになるものでもある。

そこを勘違いしている人が多い。

 

だから、具体的に、根本的に大切なことをやろうと思っています。

頭の理解ではなく、感覚の世界。
結局は本能的な部分へのアプローチが解りやすいし、必要でもある。

それは結局のところ、充たされる→安心感、なのだと感じています。

 

安心できないから人は不安で彷徨う

 

不安がすべての苦しみ。

苦しみは自分を否定しているときに起きます。
相手へ怒っているときもそれは同じです。
自分へ怒っている。自分を責めているからこそ、相手へ怒る。

安心感というのは生きる上で最低限の必要不可欠なものなんです。。。

無条件の愛、、、が誰もが本能的に求めるもの。

なのにその無条件の愛は意外に与えられていません。
とくに今の時代では。。。

こうあるべき、こうしなければいけない、ということが多すぎる。

私たちは自分を抑え、出さないように、コントロールします。

だって、怖いからね。傷ついたら嫌だし、、、

そんなことをずっとやってる。それもまたしょうがないのだけど、、、
でも、たまには全部の力を抜いて、安心しきって眠る、とか話すとかあるがままになれる場や時間が生命力には必要で。。。

元気で楽しいだけがよりよく生きるってことじゃなくて。。。

本当に必要なのは「安心感」。

これに尽きます。

親、パートナー、、、自分が信頼できる存在との間に生まれる安心感がすべての人生の糧になる。

それがちょっとでも体感できたら心の満足度、健全さが復活する。

自分で自分を愛せなかったら誰かに愛してもらうんだっていい。
それから愛することを知ってもいい。
愛もひとそれぞれだから。。。

 

安心は安定。

揺れ動くこともまた安定を感じられるからこそだけど、根底にある安心というのはすべての幸福に通じる感覚なんだよね~

だから自己受容のときもこの感覚が起きるし、タッチングによって皮膚から安心感を得られるので全部同じなんです。

安心感を得てほしい。
傷つきやすい人ほどそれを言えないもの、、、だからたまに爆発したり、病気として表現する人もいる。

自分が自分らしく生きれなくなると人は病気になる。

安心があったら人は生きれる^^

 

安心感を受け取るセンサーは皮膚にある。
エネルギーを感じる、とよく聞くと思うけど皮膚がセンサーの一つ。
皮膚のセンサーと無心から直感や体感覚をキャッチできるが大抵の人がこの感覚を麻痺させている。
だから思考ばかりつかって本当の本音や深層心理、無意識の部分がわかりづらくて迷う。
でも、安心があると身体の感覚をとらえることができるようになってくるし、慣れてくると無意識とつながりやすくなるので正直に生きることができる。

その準備を少しずつすることで「本来の自分」にアクセスしやすくなって生きやすくなるのかもしれないと感じています。

だからそのことを体感するワークショップをやろうと思います!
まずは「恋とセクシュアリティのお話し会」、、、12/22。
詳細はのちほど、、、

 

 

☆☆☆☆

半額キャンペーンやります!

※年内まで
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何度でも!

詳しくは→ヒプノセラピーって?
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60分(前後セッション含み 100分) ¥10,000(税抜き)→¥5,000(税抜き)※税込み ¥5,400

フットリーディングは足を観ながら自分と向き合っていくものです。
身体には触れません。私がリーディングするわけではありません。
無意識との出会い、掘り下げ、気づき、自分になるワークです。

11/17 まじめなセクシュアリティ講座

https://resast.jp/events/382408

11/17 医学とスピリチュアルからみた女性の身体トラブル

https://resast.jp/events/382409

愛とはこういうものだったんだ!

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愛ってなんだ?

二つあると思っている。

男女の愛とそれ以外のそもそも
誰もが持っている本質的なものからの愛。

ただ、、、これもまた通じるある一つの答えが出た・・・

この子を見てから。。。

愛情感じていますか?

 

この子、とはペットのことです^^
毎日ペットの顔をみていて、とってもとっても癒されます。
「かわいいな~」と見つめていると身体の芯からじ~~~んと温かいものが湧き上がってくる感覚。。。これ、皆さんありますよね?

私は子供がいないのですが赤ちゃんとか動物など、カワイイ~って愛おしくなるものってこんな感覚を感じませんか?

これが『愛情』なんだな~

オキシトシン分泌しまくっている(笑)

 

そんなときこんなことを思ったりします。

「大事にしよう」「ありがとう」「幸せ♡」

ここまでは誰もが感じていることだと思います。

が、

子供とかペットとかの愛って、男女の愛とは別、と考えていたんですがじつは同じじゃないかって思うんですよ^^

これ、男女の愛、性にも通じていると感じました。。。

 

性的な感覚と愛

 

この「じ~ん」とした感覚って愛する人と交わっているとき、触れ合っているときに感じる感覚と同じなんです。皮膚から脳へ伝わる。。。または愛を感じているとき^^
安心感。。。
ペットでも感じているのに?!と思うかもしれませんが本当に深いところから感じてみる、よーく意識してみて下さい。
同じなんですよ!
気持ち悪い、と言う人がいるかもしれませんがそれは偏見です。固定観念や先入観からのイメージ。。。

だって、性的な感覚というのは本来、生殖とつながっていて、生命の始まりの感覚であり、オキシトシンも愛情のホルモンで、本能的に必要不可欠なもの・・・

じつは同じ源泉から発生している・・・生理学的にもホルモンは生殖器と内分泌系からのシステムでつながっていますから当然なのですが。。。そしてそれは皮膚と脳に関係する。。。

性的な感覚を否定することは愛を否定していることと同じかもしれません。。。

「触らないで!」と言う人がたまにいます。とても傷ついた人です。だから防衛的になっているのです。そういう人こそ必要ですが信頼感を構築していくことが先決です。

 

愛とは愛することで愛されることではない

 

話は戻って、さきほどの言葉って、パートナーにも同じように感じませんか?

「大事にしよう」「ありがとう」「幸せ♡」

ここ大事!!!

男女の愛って、愛されることやしてほしいことを求めてしまったり、自分にないものを埋めてもらおうとしたりすることが多い。

でも、そうすると喧嘩になったり、うまくいかないことが多いのも確か。

なぜなら、それらは愛する行為ではないから。

 

ペットはそのままでもかわいいし、そのままの存在だけで、そばにいてくれるだけで幸せになるし、生きててくれるだけでうれしい!!!

直接的に何かをしてくれなくても、毎日世話も大変だけどありがたいって感じています。
だから毎日「産まれてきてくれて本当にありがとう」ってうちの子に言ってます。

それってそこはかとない愛。

そのままを愛していて、受容している。

 

自分から幸せを感じようとしていて相手によってその愛が変わることも歪むこともない。

愛ってそういうことなんだな~って。。。

 

愛してくれないから愛されてない、、、のではなく、愛というのはそもそも「愛する」ことであって自分軸。すると「愛される」。循環。

まずは自分が愛することが愛されることになる。。。

これができないのも人間だれしもあります。だからこそパートナーシップによって昇華させるのかもしれません。それが人生で初めから「愛」でいっぱいの関係なんてないのかも。
私も今の主人と出逢って29年目になります。たくさん学ばせてもらいました^^

 

男女の愛って、どうしても相手の行動や態度によって自分の愛を確かめたりしますよね?

相手のことを慕う、思いやりを持つ、相手の幸せを嬉しく思う、相手の幸せを願う、、、これこそが愛なんです。

相手(あいて)とは愛の手であり、愛を差し伸べる相手であると。。。

くれないから愛さないってなりがち。それはお互いに不幸な関係ですね。
(本当は自分を愛せてないってことだからまずは自分のなかの自分を愛せるようになること・・・でも、これが出来なくても肌から癒されたり、タッチングによって温かい愛を感じて充たされたら愛の循環は起こる、、、)

 

もちろん、これは自分を後回しにして相手を優先させることではありません。

パートナーシップって自分を観させてくれる相手、一緒に成長したり、人間としての人生のパートナーであり、調和を極めるために一緒に居る。

だから、本当に愛しているからこそ別れるときもあります。
(ここが昔は分からなかった・・・単なる映画の世界の話しだと思ってましたw)

人間は完璧じゃありませんから色々なプロセスが起こります。
そのなかでやはり個人個人スピードや成長の過程が違う。。。

一緒にいることだけが愛の結果、とも限らないな~って思うんです。

結婚するとか、添い遂げるとか、永遠の愛を誓うとか、家族になるとか、、とてもポジティブなイメージがあると思いますが私はそんな誰もが当然のごとく思っているイメージよりも一人一人のなかにある感覚で愛は語られるべきだと思っています。

映画にあるようなありふれたストーリーではなく、もっと深いつながりがある。
特定の人、ではなく、みんなとつながっているような感覚といいますか、、、

本来の愛はきっと、深いところから生まれて、その人にしか、その関係にしかわからない普遍的なものであると思います。

母の愛、親の愛、無条件の魂の愛もまたそうであると。。。

人間も、ものも、物質はすべて愛の現れで、すべてが神でもある。
愛ですべてが出来ていて、だから愛があると生きることができる。

だから揺るがない安心感がある。。。ばっちりと見えないところで繋がっているんですよね^^

私が勝手に感じたことなので正しいとか正解はそれぞれかと思いますがね^^

私は皆さんとの関係も愛が存在していると感じています。
私とエネルギー交換をしてくだって本当にありがとうございます!

☆☆☆☆☆

ハンドリフレクソロジーハンドリフレクソロジー1Day講座

7/21(日) https://resast.jp/events/352107

オキシトシンが増えるタッチング講座

7/28 https://resast.jp/events/351919

7/28 EFT講座

https://resast.jp/events/352490

 

7/30 9周年記念特別セミナー

10:00~ 「足裏分析【足を読み解く】プロ向けスキルアップセミナー

https://resast.jp/events/326461

14:00~「本当に伝わる手技【本気セラピストミニセミナー】」

https://resast.jp/events/322528

 

8/18 コラボ企画!セクシュアルヘルス勉強会

https://resast.jp/events/356759

 

 

 

 

 

 

あなたの手はあなたを癒す

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触れることは様々な癒し(お互いの)になります。

まるで魔法。

しかも、単なる癒しに留まりません。

リラックス、リラクゼーションは治癒の基本で

これがないといくら良い治療を受けてもダメなほど。

そして、誰かに触れること、誰かを癒すことは自分への癒しに他ならないということ。

ものすごい癒しのワーク、

時に自分の人生を変容させるものとなり得るんです。。。

オキシトシンは愛情ホルモン

触れることは愛すること。心を込めて触れることで相手を・・・いいや、あなたのほうがその恩恵にあずかることができるんですよ~

オキシトシンのおかげで^^

愛情ホルモン(快ホルモン)といわれるオキシトシンは子宮収縮、乳汁分泌という母親になるときに出るもの。。。そして、オキシトシンは赤ちゃんを観たとき、ペット、愛おしいものや人、第二次恋愛期、などでも分泌されて相手との愛着関係を築きます。お互いの信頼関係を得るために。。。それによって不安感(ストレス)がなくなります。警戒しなくていいのですからリラックス(副交感神経優位)な状態。そして、ストレスを消してくれる抗ストレスホルモン、、、生きる上で大切なホルモンなんです。

相手に触れるときに「大切な人」「お疲れ様」と心をこめる、愛おしい、慈悲の心で触れることで相手も癒されますがなんと自分のほうが相手よりもより癒されます。(数値で証明されています)

これは自分に自分で「ありがとう」と思いながら触れることでも可能です。インナーチャイルドの癒しにタッチング、マッサージは本当におすすめです。

スキンシップが足りないと精神的になぜか不安定になりますよ~(ホルモンのせいですね)

癒しが治療に欠かせない理由

癒しはリラックス、です。

なぜリラックス、リラクゼーションが大切なのか?
治療はリラックスしているときに効果があります。というか、代謝、血流が健康の基本であり、これが機能していないと病気になり、治癒も遅い。

私たちの身体は常時、治癒をし続けています。それを阻害するので病気として表面へ現れます。ですからリラックス(副交感神経優位)になっているのが最低条件。
最近の研究では病気の原因は酸素欠乏であると言われています。『ストレス→呼吸が浅くなる』というのが意外に多いので納得。。。メンタル面が出発点なのかもしれませんね。

緊張状態のまま治療をしても効果は半減です。
※ですから伝統的なリフレクソロジーはマッサージではなく自然療法。緊張(過剰なストレス)を取ることが目的なのに強いのは逆です。マッサージという目的なら強いものでもOK!

そんなときに役に立つのが

触れる=タッチング。

気持ちのいい刺激で触られると緊張状態から身体が弛緩し、呼吸が正常になり、血流が良くなり、身体が温まり、精神が落ち着き、、、という本来の状態へ戻る。(リフレクソロジーですね)

しかも、オキシトシンが出ることでストレスが減ります。

オキシトシンは生命に関わる重要なホルモンと言っても過言ではありません。

脳と皮膚は同根。皮膚から触ることで脳が落ち着いて正常な機能になると身体、臓器への指令も安定します。

脳の反応、、、、それが即効でできるのが皮膚:触覚、匂い:嗅覚などの五感。

オキシトシンは継続的に触れることで出やすくなります。

癒しの連鎖のためにぜひ誰かに触れる、自分を触る、誰かに触ってもらう・・・

オキシトシンは人生を変えます。これがスキンシップが足りない現代人を救う。。。特に治療中の方などは孤独感や絶望感などに苛まれている方も多いので余計なストレスで悪循環になりますからマッサージや触ってもらう、セルフケアする、、、ということをやってみて下さい。

どう心の中で思っているかで癒され方も変わってきますがまずは「ありがとう」と思いながら相手でも、自分でもいいので擦ってくださいね。

それだけで心がなぜか落ち着いてきますよ♪

あなたの手はあなたを癒し、誰かを癒し、幸せの循環を促してくれる。。。
素晴らしい機能を持つ臓器、ですね^^

☆☆☆☆☆

1/18

オンライン版:「恋とセクシュアリティのお話し会」

詳細はこちら

1/27

まじめなセクシュアリティのお話し会

https://resast.jp/events/311810

1/27 ハンドリフレクソロジー無料体験会

https://resast.jp/events/311819

2/3

医学&スピリチュアルから観た女性の身体トラブル

https://resast.jp/events/312197

双葉お茶会(瞑想やお話

本質への気づき「カフェ・プラクティス」

毎月第3木曜日 19:00-21:00

https://www.reservestock.jp/page/event_series/28876

 

仲良し家族は本当に幸せか?

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昨日の誕生日は日曜日のお話し会の準備!(やればやるほど楽しい♪)して、夜は相方と食事でした。ふと、誕生日のエピソードを思い出しました。

子供のころ、誕生日プレゼントをもらったことがありません。

いま、頭の中でどんな言葉が浮かんだ?

「かわいそう」

「親が居なかったの?」

「貧乏だったのかな」

人は自分のメガネを通して人をジャッジ(判断)するものです。。。

それは自分自身にもやっている。

でも、その創作ストーリーをやめて客観的に見ることができたら、、、

それがあなたが欲しい幸せってやつになるんだろうな・・・

さて、私はなぜプレゼントをもらえなかったのでしょうか?

答え!

それは「私がもらってなかった」と思ったから。

本当はもらっていたんです。何を?

それはのちほど。。。

私は四角い箱に入ったリボンがついているものが欲しかったんです。それが私にとってのプレゼントで、プレゼントをもらうことが愛している証拠だと信じ込んでいました。

「あぁ、やっぱり私は愛されていないんだ。大切にされないんだ。生まれてきちゃいけなかったんだ。。。邪魔者なんだ・・・」

そうやって拗ねて生きてきた。

それが一番の生きづらい原因で親のせいで私は幸せになれない、弟は可愛がられたのに、、、と恨んで生きてました。

それらが自己探求で徐々に変わって、最終的にその思いが消えた。。。

奇跡だった。消えるなんて思ってもみなかったし、それこそが私を苦しめていると思っていたのでびっくりだった(笑)

さて、私がもらっていたプレゼントとは・・・

ケーキです!🎂

家族みんなで食べるケーキ。
確かにうちは裕福ではなく、子供が3人、そのあともう一人。計4人の子供。
必ず誰かの誕生日にはケーキを買ってみんなで食べる!のが習慣。
12月生まれの私はクリスマスケーキと一緒にされていたので余計に「私は要らない子なんだ」みたいな想いを強めていた。。。
(ちなみに深いビリーフは後々、自分で癒してあげれたわけですがそこの私を責めることなく、その思いは大切にしてあげながら、そこをどうにかしようとせずとも気づくとこの思いはなくなりました~)

母は世の人が言う「いい母親」ではありませんでした。
そんな母が大嫌いでした。「母親らしいことしろ!」といつも母を恥ずかしいと思っていました。
プレゼントをくれなかったことだけではありません。

「子どもを愛せない悪い親」

そんなレッテルを母につけて母を恨むことで自分を正当化させていた。

でも、その創作ストーリーから離れてよーく観察してみると本当のことに気づきました。

 

「愛されていた」

 

のです!

私は十分に愛されていた。そのことが腑に落ちたときに過去が消えた。すごい涙があふれ出ました。。。産んでくれただけでありがとう!って感謝になった。

私は私の理想像に当てはまらないから勝手に思い込んでいたです。そして、母とはこういうもんだ!親ってこうであるべきだ!そうでない親はダメ!
うちはひどい家庭・・・私は可哀想な子、そんな風に勝手なアイデンティティを創作して生きてきました。

家族って仲良しであるほうがいいに決まっていると当然ながら思っていませんか?思う間もなく決まりきったことと。。。

でも、これも同化してしまっています。常識や集団意識から。

人それぞれの幸せが違うように家族の在り方も違います。プロセスもあるから時期というのもあり。

なのに、一つの答え「家族は仲良くあると幸せ」にすべての人を当てはめようとすることこそが不幸。誰かの、定型の、幸せにしようとするから苦しみが生まれる。偏見が生まれる。

血のつながりなんて私には縛り、にしか感じません。美談をするため、正当化するためのもので本当の幸せは一人一人がその性質を尊重しあい、自分らしくある生き方をすることが心地よいと思っています。それすら私の考えですから縛られているほうが楽な人だっている。

大切なのは自分として生きているか、ということ。

あたかも当然のようなことは常に疑ってください。クリアな目で偏見なく見る。信じている事実に距離を置く。

 

私はプレゼントをもらうことが当然、と思っていたのでもらえない自分に理由をつけていたんですね。自分勝手な。

でも、じつはとても幸せだったんだ、、、と感じられた。
そのことこそが私を解放させました。

自分で鎖をきつくしていたことに気づいて、徐々に緩ませていくともう感謝しかなくなった。

そうやって自然に感謝できることが幸せです。

「家族だから仲良くあるべき」

「家族(親子)はいつも一緒にいるべき」

「親は大切にするべき/面倒みるべき」

「子どもにはきちんとしつけをすること」

「血のつながりは強い」

「親孝行すべき」

「夫婦がいつも一緒だと仲良し」

その考えこそが幸せを奪っていることもある。誰かを不幸にしている。自分を不幸に。。。

状況としてそうせざるをえないこともありますが常に固定された考えから一歩引いてみることは誤った判断、選択をしないためには非常に大切。

ここができる人とできない人の差は大きい。

固定観念に飲み込まれているのか、クリアな視点で見ているのか、、、

「愛されてなかった」→「愛されていた」

は後から気づいたことですが過去の記憶は上書きされました。

 

でも、別にこのように親との問題が解決されなければいけないわけでもなく。
それぞれのプロセス。

家族で旅行行っていることが仲良しの家族なのか、両親が子供を抱えて笑顔で写真に写っているから幸せな家庭なのか、「大好き、理想の理想の親です」と言っているのがいい子供なのか。兄弟姉妹が仲がいいと素晴らしい家庭なのか。いいしつけをしてきた、と言えるのだろうか?夫婦が長いからって、いつも一緒だからって、本当にずっと幸せだったのだろうか?

そこに重きを置くのもいいし、それが家族って思う人もいるし、、、

でも、忘れてならないのはそれがほかの人にも当てはまらないってこと。自分の理想を他人に求めたらお互いが苦しくなるからね。

家族って近いほど色々と浮彫りだされる感情とか事件とか。。。

決して常識や意識に振り回されずにどうぞ。

「家族と仲が悪いからあの人は可哀想」と思うなら、そこで終わらせず、あなたが家族になればいい。

そういった観念がないうえで親に優しくしたければすればいいし、できない自分を責める必要はない。

ハンドリフレクソロジーで「家族の手は神の手!」とうたっているのですがこれは別に血のつながった戸籍上の家族、だけではなく、だれもがコミュニティーに居て、助け合う家族であると思っています。

身近なのは親子、ですが、そうでなくても隣に居る人だって宇宙の家族であることに変わりません。

隣に居る人、が家族。つながっている。(ひきこもっていたってだれかと繋がっている。。。一人じゃない。)
そこに一緒に座って、話したくなければ何も話す必要はありません。
手を取り、リフレクソロジーをする。アドバイスも何も要らない。あなたの手があれば。

触れることは愛すること。by 山口創

この言葉が大好きです^^

 

12/21→2/3にやります!

医学&スピリチュアルから観た女性の身体トラブル

https://resast.jp/events/307798

コラボ企画 12/23

大貫めぐみ/恋とセクシュアリティのお話し会 満員御礼キャンセル待ち受付中

https://resast.jp/events/307777

1/27

まじめなセクシュアリティのお話し会

https://resast.jp/events/311810



双葉お茶会(瞑想やお話

本質への気づき「カフェ・プラクティス」

毎月第3木曜日 19:00-21:00

https://www.reservestock.jp/page/event_series/28876

 

愛のある施術

(アメブロからお越しの方は★からお読みください)

「愛」って言葉。

悪いイメージのほうが刷り込まれてるかも。

恋愛映画とか恋愛ドラマとか。

家族の愛や○○愛ってあるから

まるで愛は「とってつける」もののようになっている。

けど、

愛ってもともと誰にでもあって

それだけを出そうとするものでもなくって

当たり前すぎて自分の中にあることすら忘れてる。

世界平和を祈る、ってのも「愛」なんだろうけど

「世界平和」って言っちゃってる人は信用できない(笑)

前置き長くなったけど

愛を感じる人のところに私は行きたいし、会いたい。

自分を愛している人=他人を愛せる人とつながりたい。

施術者の場合だと自分の念を入れてくる人じゃなくて愛をもって行う人。

私はとても繊細すぎて、私が施術してほしいと思うセラピストさんは限定される。

愛がない施術は私のカラダを壊してしまうから。。。

それは痛みや揉み返しとなって不快と不調を引き起こす。

愛がある施術はまったく違う。。。

それは施術者としても「やり方」ではなく「在り方」が変わってから顕著になった。

私は愛をもって施術、セッションを行っているからクライエントさんも感じてくれています。

愛のある施術って何が違うか、わかりますか?

時間とお金を無駄にしたり、身体に悪いことになる前に愛を感じる施術、セッションを受けて下さいね^^

愛のある施術・・・

何が違うかって『意識』が違うんですよね。

優しいとかそういうことじゃなくて、真剣にクライエントのためを思っているか?クリアなマインドか?セラピスト自身が自分を信じて居るか?クライエントさんを信じて居るか?

すると施術の手技自体、というかやることが違うのではなく、感じ方が変わる。

自分でも変えてないつもりだろうけど、意識が筋肉に伝わり自分では動かし方を変えてないつもりでもじつは違う。クライエントさんは感じている。ちゃ~んとその違いを。

細かく言えば波動が違う。意識次第で伝わり方、触り方、響き方が変わる。

 

自分が「治してやる」と思って施術するのと、(=念を入れてる)

クライエントさんへの思いやり、慈愛から主訴が治ることを思い施術するのと、(=念を入れずにお互いのエネルギーを循環させている)

まーったく違う!!!

念を入れる施術は無理矢理仕向けているかんじ。どうにかしようってのがあるから力づくで変えようとコントロールされるかんじ。全然自分の身体のことは無視されて、施術者のエゴまみれ。

念を入れない施術は相手のこと、身体を思い、常に気を向けてくれていて、気遣いがあって・・・心からの愛がある。

スクールで生徒に言うのは、「足」と思って施術をするのではなく、「ご本人自体」と思って自分が大事にしている大切なものに触れるように、触れさせて頂くという気持ちで施術しなさい、と教えています。

この気持ちひとつで伝わり方が全く違う。手技が変わるんです。

クライエントさんとセラピストが一体となることが最高の施術となる。

「長浜さんのリフレクソロジーには愛を感じます」

と先日、モニターさんから言われました。

 

テクニックではなく、慈愛の心が意識として上がり、自然に皮膚から空気から伝わる。何度かの施術ということもあるし、お互いの信頼ができているから、安心感もある。

そして、クライエントさんの身体、生命力を信じていることが大切。それこそが自然療法。

 

私がたまにお世話になる先生方も愛を感じるのです。だから安心して身体を任せられる。徐々に信頼関係も築かれてもっと施術作用が高まっていく。。。

見分けるポイントは「愛」なんです^^あの愛、ではなく、この愛。。。身体の芯にあるじーんとあったか~いやつ。

そして、施術の質も「愛」によって何十倍も違ってきます。。。

治療やセラピーに一番必要なのは(人間関係も)この愛、だと思っています^^

 

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9/9 東京都 ハンドリフレクソロジー体験会

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9/23 東京都 医学&スピリチュアルから観た女性の身体トラブル

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9/30 東京都 まじめなセクシュアリティのお話

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9/30 東京都 EFT(タッピング)セルフケア講座

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念じない願うのみ

(アメブロからお越しの方は★からお読みください)

昨日、大切な方の大きな手術がありました。手術の始まる時間に祈りを捧げました。

願い、のエネルギーって不思議ですが届くんです。

スポーツの試合とかも観客のパワーとかで導かれるように勝利するってことありますよね?

闘っている本人だけではなく周りのエネルギー、パワーって影響します。

物理学的にみても。

氣がその場の波を変えている。。。

 

但し、基本的には自然の摂理に乗っていなければ最善は起きません。

 

誰かのことを案じて、念じてしまうのはご法度です。

なぜなら・・・

「念じる」と、自分のエネルギーを相手に差し出すから自然の摂理から離れて、違う渦、循環に行ってしまいます。

お互いに影響してしまって本当に必要な最善が起きません。

例えば、親が子供のことを心配して、「いつもあの子が幸せに入れるようにって念じているの」とします。いつも幸せでないとこの親は「自分が」苦しいんですね。

これは自然の摂理から、本質から逸れています。

こういう人が「念」じるんです。「念」を送ってどうにかしようとしています。どうにかしようとした時点で相手の領域に入ってしまいますから相手も自分も人生が狂って行きます。

「願い」は愛から自然に出てきていますが「念じる」は傲慢さ、エゴがあります。コントロールしたい、と思った途端に自然の循環から逸れて行きます。そこから苦しみが生まれます。

念じるほうもそこへエネルギーを使い、他が疎かになるため支障が出てきます。

念じられたほうも余計なエネルギーを浴びるせいで自分の循環が狂います。

何かうまくいかない、というとき誰かの念がついている、なんていう表現はこのせいかもしれません。

念って、存在しています。目には見えないけど、死後も「念(想い)」はこの世に残る。

死んでいる人より生きている人の怨念のほうが強力だ、なんて言いますが生きている人の念のほうが強いんです。同じこの世の念のため、影響が与えられやすい。

自分へ何を念じても構いませんが他人のことを念じるのはやめたほうがいいでしょう。

変な氣を送ってこないで~~~(笑)

「念」には利己的なエネルギーが入っています。

あなたはあなたの人生を生きて下さい。

誰かをコントロール(あの人が私を好きになりますように、とか、あんな上司痛い目に合えばいい、とか)するようなネガティブなエネルギーは自分へ帰ってきます。循環していますから。

一見ポジティブなものも(親が子を愛する⇒これ、本当の「愛」じゃないんですね。利己的な愛は愛ではありません)じつは違うものなので自分のためにも相手にも悪影響。

私の経験→「あなたの幸せを私はいつも念じているの」と言われて「ひぃ~!」と寒気がした私(笑)目の奥に「念」がありました(笑)バレバレですよ、、、(;・∀・)

「子供の幸せをいつも念じているの」←あ~、だからうまく行かないんだね、あの子たちは。。。💦

セラピストさんは特に気をつけてね。「元に戻る」ことを後押しするのが役目なのに「私の力で症状を治す」とか「結果が出さなければ」「この症状を取らなければ」とやることは相手のエネルギーを信用せず、無理やり動かすことになります。しかも、「可哀想」とか「期待通りに」とか思った時点で最善は起きません。これは結局相手のためではなく自分のためになっているからです。

神社でもそうですね。ただ自分の欲望を叶えるために手を合わせる、お参りするのは我欲です。願いは利他の心があり、自然の摂理から生まれますが我欲が入ると「念」になってどうしてもそうでないとダメ!という余計で澱んだなパワーとなります。

常に穢れを祓って、すべてを信じること、クリアで、生かされていることに感謝できているかどうか。。。

願うことは素晴らしいですが念じることは気をつけてね。

 

 

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