性的暴行~女性性を封印させる罪

(アメブロからお越しの方は★からお読みください)

ジャーナリストの女性が薬を飲まされてレイプされた事件。

被害女性が声をあげたことで世界で波紋が起きている。

日本の警察の取り調べの在り方や刑罰の重さも問題になっている。。。

http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44638987

 

色々な観点から色々な意見があるので

個人的には一つの答えではなく、視点ごとに意見が違う。

女性に限らず、性的な被害というのは存在する。

 

じつはちょうど性的な被害について「まじめなセクシュアリティ」のお話会においてブログで触れておこうと思っていた。

 

私は昔から痴漢にあうことが多く、襲われた経験もある。

その時の警察の対応が今でも思い出されるほどひどかった。

誰も助けてくれないと悟った出来事だった。。。

 

そして、女性としての自分を否定するきっかけになる性的暴力。

 

初めて明かすこと。

初めて痴漢されたのは中学一年生。東急東横線。

その後も20代まで何度となく起こった。バスの中、電車の中。。。

痴漢は・・・怖い。おぞましい。身体の中心から末端まで経験したことない感覚。震える。でも、でもね、言えない。だって、、、こう思うから。

「痴漢をされている自分が恥ずかしい」

って。。。二次的被害も怖かった。。。

周りの人に知られたくない。そんなことをされている自分が恥ずかしいって思ってしまうんですよ、私はそうだった。自己否定でずっと生きてきたから?それでもね、何度もあうとさすがに言えるようになっていきました。さすがにね。がんばった。勇気振り絞った!するとね、こんなことが起きる。

私:「やめてください!」

痴漢男:「俺じゃねえよ!ブス!」

 

・・・傷ついて終わりなんですわ(-_-メ)

 

痴漢の冤罪ってあるけど、やってない人はびっくりしてすぐに理解できないからきょとーんとしているはずでして。すぐに反応するのは犯人という証拠。ほんと、理不尽だけど、黙って逃げるしかないって思ってた。

でも、人によって対応は違う。姉は強かった(笑)なんと痴漢してきたらすぐに掴まえて駅員か警察へ突き出していた、と語っていた。もしくはボコボコにして、5千円で交渉していたらしい(ひぇ~)

本当の話かどうか、(盛ってるはず)わかりませんがとにかく私は姉とは正反対。その点では気が弱いのでじーっと気づかれないように逃げる、というのがほとんどでした。

露出狂も2度。。。

20代前半。後ろから帽子とマスクをした男に襲われた。抱きつかれて、そのまま階段に転げ落ちて、男はそのまま逃げ去って行った。家の前だったからレイプしようというのではなく単なる愉快犯だったのかな~と思うけど、その恐怖たるや。。。💦

その後、一時的にPTSD(心的外傷)になりました。本当に怖かったけどとっさに追いかけた(笑)悔しくてね。。。「おりゃ~!待てーーー」と(笑)我に返ってすぐ走るのやめましたけど。

押し倒されただけで済んだけど階段から転げ落ち、襲われたことに変わりなく。。。動揺しながら家へ帰り、親に説明、彼氏も来てくれて、警察呼んで現場検証。その後、警察署へ行って取調室で色々聞かれた。犯人が事情聴取されるような小さくて汚い殺風景な部屋だった。まるで自分が犯人かのような気分だった。で、私は気が動転しているので気づかなかったけど膝や肘から流血していた。母親が急に怒り出してこういった。「怪我しているのに手当もしないで何なんですか?!」。

その後、犯人がつかまるわけでもなく、何もなかった。警察がパトロールとかする気配も、犯人を捜しているのかも、何も知らされることはなかった。住んでいた団地中に私が襲われたことが知れ渡ったことと近くにいたカップルが「うわぁ、(事件だ!)面白い~」って私に言ったこと、そして数か月、私が一人で夜道を歩けなくなったことが残った。幸い、男性が嫌いになるとかはなかった。けど、、、

こんなことは私にとって「恥」だった。そんなことをされた自分が汚らわしいとか汚れたとか自分が悪いんだ、となぜか思った。軽ければ忘れてしまうような恐怖。でも、それって無意識では憶えている。何をされるかわからない恐怖の感覚は身体に残る。

絶対に言えないと封じ込めたことをこんな公に話せるようになったのは「恥」がなくなったから?そもそも「恥」は自分が決めつけていたこと。羞恥心は自己嫌悪とも深いのです。

性的暴行を受けると女性としての自分を封じ込めるという意識につながっていくことも多い。私もそんなところがあった。。。(⇒「女性として生きなければこんなことをされることはない」と、女性らしく生きることを拒否するようになる⇒意識的か無意識的かどちらにしても)

そして、女性として見られることに嫌悪感を持っていると自覚していたわけではないが無意識は反応していたと思う。女性としての褒め言葉は一切信じないし、嘘だと思う傾向を持っていた。女性としての心はあるけれど、女性としての魅力を褒められたり求められたりすると完全に否定が出る。そこは根深かった。。。

一番女性を隠そうとした初めてのきっかけは小学生の頃、叔父さんに「胸でかくなったな!」と触られたことかも。それからずっと叔父さんが大嫌いで会いたくなくて名前を聞くだけで怖くて・・・一生ものの嫌な出来事として人生につきまとっていた。

そんな私も今はもう否定がなくなって、女性として輝くことを許可できた途端に封じ込めていたものを出せるようになりました。女性、としての自分を受け入れて生きることができるようになったというのでしょうか。40うん歳になってからという遅いデビューですが。。。もっと早く許可できていればな~と悔やみますが(笑)いやいや、まだまだ!

個性とか魅力って、新しく作るんじゃなくて自分の中のものをただ出すだけ、なんですよね。自分らしく、あるがまま、ってそういうこと。

自分の女性性を否定する人はもしかしたら無意識に自分の「魅力(セクシュアリティ)」を出さないようにしているかもしれません。

でも、間違わないで。あなたのセクシュアリティ(性質)は素晴らしいってことを。

セクシュアリティや女性としての魅力は見た目だけではないし、悪用されるだけでもない。男性に傷つけられるだけのものでもなく、それは守られることもある。

過去のトラウマや経験がもとで(自覚があるないに関わらず)結婚や恋愛がうまくいかない、とか男性(女性)恐怖がある人は多い。。。逆に恋愛がうまくいかないというテーマでセッションしてみたら過去の体験が見つかった、という場合もある。

さて、

#Me too って話題になりましたね。賛否両論ありますがもっとも大切なのは女性一人一人、個人ごとに普段どうあるか、意識を変えていくことだと思います。個人レベルの意識改革が最も必要。何がどう問題でどうしたいのか。精査すること。

女性が女性らしく、人間らしく生きるために^^(女性だからこうあるべき、というのではなく女性としての自然な本質に従って生きる)

それが男性のためにもなっていく。

結局、その時どう対処できるか、は普段の意識で変わってくる。

本当にツラい経験となって残る性的暴行。セクハラ。二つは次元が違うものだけど、傷を癒すには、或いはそこから作られたトラウマやビリーフがあればタイミングがきたら向き合ってみるとまた違った道ができるのかもしれない。私は様々なものと出逢って自分の本来の道を歩めるようになった。

これは、、、癒されようよっていう話じゃ決してなくて、一つの可能性としての話。

今まで人には知られたくない過去だったことがこうして公に話せる日が来るとは自分でも随分と人の心っていうのは変わるんだな~と実感しています。

文字にすると色々と難しい。個人の解釈によって違ってくるからセクシュアリティのイベントなどで直接ディスカッションできたら嬉しいです^^

8/26(日)13:00~15:00

医学&スピリチュアルから観た女性の身体トラブル

☆☆☆☆☆

双葉8周年記念『自己受容プログラムコース』モニター募集

https://resast.jp/events/273441

双葉リフレクソロジスト講座 随時開講!

①プロ実技コース(30時間)

②ホームリフレクソロジスト講座(2日間)

双葉お茶会(瞑想やお話

本質への気づき「カフェ・プラクティス」

毎月第3木曜日 19:00-21:00

https://www.reservestock.jp/page/event_series/28876

 

 

 

広告