本人が求めていないなら家族でもやってはいけない

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ハンドリフレクソロジーやホームリフレクソロジストなど、家族へのケアを推奨しているのですがその点で注意しておくことがございます。

それは・・・施術の押し付け。

押し付ける行為は何はともあれ絶対にダメです。

どんなに良いセラピーも受けるご本人が嫌がっているのに行う行為はどちらのためにもなりません。

患者に、家族に、寄り添うケアが本来のケア。

薬だって治療だって同じです。本人が自覚して「いいな。やるぞ」という積極的な意識ではないといくら良いものも作用しません。

逆効果です。

これ結構やっている人多いみたい・・・

家族と言えども、無理矢理やるのはご法度です。

尊厳が何よりも大切です。寄り添うとは何よりもその人の存在、意志を尊重すること。問題は本人が解決するものです。本人の意志があって解決に向かう。あなたではない。

母親や子供と言えども、、、いやいや受けてもらうことにどんな利点があるでしょう?苦痛の何物でもありません。

よく聞くのは(私の講座以外の一般的なところで)

「せっかく習ってきたのに受けてくれない」「リフレクソロジーは本当にいいものなのにわかってくれない」など。

自分がいくら「いい!」と感動していても自分以外の人には知ったことではありません(笑)幸せの押し売りをしてしまっては元も子もなくなります。

例えば、タッチングは素晴らしい結果をもたらしますが相手が嫌がっているのにやってもその効果は半減どころか悪影響にもなりかねません。

「触ってもいい?」

 

まずは本人の許可を得ましょう。そしてお互いに気持ちよく施術できることが何よりも良い作用、結果へ影響することでしょう。

「この療法がいいからやったほうがいい」とか本人が納得していないのにやっても意味がありません。

大切なのは思いやりです。良いものを押し付ける自分本位な考え方や行動はやめましょう。

介護でもその点が分かれ目。自分に合わせるのではなく、相手に合わせる。認知症の親がまだ「食べてない」と言ったら「そうなんだね。そう思ったんだね。お腹は空いてる?」と受け入れてあげること。上からものを言うのではなく、同じ目線に立ち(実際にも)言っていることを認めてあげること。否定しないこと。するとお互いにより良く生活できる。たまには当然イライラしたりしますけどね。

ケアの本質はこちらの考えを押し付けるのではなく、従わせるのでもなく、その個人を尊重することでケアになると思っています。寄り添うとは正しいものに従わせるのとは真逆です。

肌に触れることは心に触れること。心に触れないものは意味がないんです。

私も昔、父に「もうリフレクソロジーはやらなくていい」って言われたことがあります(笑)「えーーー、せっかく習ったのに!」とその時は思ったものです。でも、「おしっこが近くなるから」と父に言われて、そうか。とそれからは辞めました。そして、フットバスや手のマッサージをするようになり、ある日父が「またリフレクソロジーもやってほしいなぁ」と言いました。

私は「おっしゃー」と心の中で叫んで、そこからは父は受けてくれるようになりましたが逆に「やって」としつこい場合、こちらが疲れてしまうこともあります。そんなときは「今日は疲れているから明日ね」と断っていいです。無理してやると介護の負担が増えるだけ=ストレスになる、ので結局良い結果を生みません。断れるときは断る。相手の希望をすべて受け入れようとしなくていい。もっと気楽に(口で言うのは容易ですが)やろうね。

ハンドリフレクソロジーもフットリフレクソロジーもタッチング、ハンドマッサージも肩もみも、こちらも癒されて、相手も癒されるもの。。。義務にならなように楽しく、気楽にやりましょう^^

その足は、その手は、その方のすべてです。心です。愛です。それがタッチングです。その意識なしに触れてはいけません。あなたの念を入れず、心で接し、触れて下さい。

 

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双葉7/22(日) EFTセルフケア講座

https://resast.jp/events/273406

双葉8周年記念『自己受容プログラムコース』モニター募集

https://resast.jp/events/273441

双葉7/22ハンドリフレクソロジー無料体験会

https://resast.jp/events/274037

双葉リフレクソロジスト講座 随時開講!

①プロ実技コース(30時間)

②ホームリフレクソロジスト講座(2日間)

双葉お茶会(瞑想やお話

本質への気づき「カフェ・プラクティス」

毎月第3木曜日 19:00-21:00 ※7月はお休み

https://www.reservestock.jp/page/event_series/28876

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精神病院から40年ぶりに

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精神が病んでいるのは人じゃなくて国。庶民じゃなくて政治家。

この番組を観て衝撃を受けましたガーン

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259602/

人間の尊厳を奪うことは命を奪うこと原発で亡くなった人もいれば、助かった人もいる。

なんて皮肉なんでしょうか?

精神疾患への偏見や日本の医療についてモノ申したい気分です・・・

本当にびっくりしました。40年もずっと塀の中。これって刑務所の話ではありません。精神病院の患者さんの話です。しかも、その必要がなかった人たち。

もちろん、TVの話なのでそのまま信じているわけではありませんが出演されている「時男さん」と言う方が話すことは真実。退院したくてもできなかった。退院できた状態でも受け入れ先(家族)がないからできなかった。

病院にいることが悲しいというよりも家族のキモチが一番知りたかったこと。気になること。

昔の日本人がやってきたことって隔離とか排除とか都合のいい村八分。ハンセン病患者さんにしても精神疾患の方にしても、弱者を守るどころか自分たちに都合悪いとして排除する冷血さ。現代ではその行為自体が世界で問題になっています。

そして、原発事故によってその檻から出られて自由になった時男さんたちはこう言っていた。

「幸せだ」

30年、40年、50年、、、ほとんどを病院で過ごし、一人でどこにも行けず、好きなものも食べれず、60歳、70歳になってやっと籠の外へ出れた喜び。どんな気持ちでしょうか?想像もつきません。この方々と同じ時間を過ごしていたなんて、、、

「帰りたい」と訴えても年取った両親には「今更帰ってきたいって言われても」と拒否される悲しみってどんなだろう?衝撃でした。。。

本人以外の人にとって精神疾患は身体の病気と何が違うのか?それはきっと親や家族、国にとって「抱えきれない」からだろうか?

でも、本当にそうなのだろうか?

本当に彼らは抱えきれないのだろうか?

なぜ治療する場所ではなく、収容所化してしまったのか?

認知症でもそうですがただ病院へ入れる、のではなくもっと別の取り組みができるはず。(人に頼らずに家族が介護をしなければならないということではなく)なぜどこかの国では介護が必要な老人がほとんどいないのだろうか?認知症になる人が少ないのだろうか?なぜ日本の医師や看護師はこれほど過酷な仕事になっているのか?

そもそもの出発点が違うからではないでしょうか?

発達障害も認知されてきましたが障害者などにも日本は特殊な国かもしれません。

自分たちと違うからと”自分たち”を基準にして、つくる国、生活ではなく、偏見なく、誰もが一人一人が人権と尊厳をもった存在ということをもっと精神に刻むこと。

どんな身体に生まれても、一人の人間として一緒に生きること。

そんな気持ち一つで見る目が変わること。

偏見や差別なく、彼らを無力な人間と見下げたラインから見るのではなく、もともと同じ価値と存在意義を持った者として取り扱うこと。(人と違う、特別感という意識はこの裏返しで良いことにもなるし、悪いことにもなるということを認識すべき)

そんなことを教えてくれる出来事の流れだったのかもしれません。。。

 

家族が看なければいけないということもなく、誰が面倒みるということの前にどんな気持ちを交わすのか?ということ。

「帰ってくるな」と親に言われたらどんなに悲しいか。そう言わざるを得ないとしても現実的にも無理だとしても「愛している」の一言(日本人なら別の言葉かな?)で病院にいようが施設にいようが心は違ってくる。

きっと「怖い」という観念が人を冷血にも非情にもさせる。でもそれも罪悪感から生まれているかもしれない。それも要らないのにね。皆が苦しんでいる、、、

同じ状況でも、病院に何十年もいたとしても、家族が”想ってくれている”というだけで感じる現実は世界は全く違うものになる。

一番悲しいのは家族と<こころが>離れている事ではないだろうか?

そして、生きる希望は未来に対して自由である創造性があること。「明日がある」。

番組の中で忘れられないのは入院は三ヶ月と言われて30年入院した女性。「まじめにやっていれば帰れる」と思っていた。しかし、「病気が治らないなら一生居るしかない。仕事が忙しかったから。預かってもらったら安心だから」という父親。退院の話し合いをするということで女性が外出するときのあの目のキラキラした輝きを観て素敵だと思った瞬間、「実家に帰りたい」という女性の希望を父親が完全に拒否していて衝撃でした。「いまさら帰ってきたいなんて甘い。子供じゃないんだ。重荷だ。どこ行ったってダメなんだから。人生辞めてもらうしかない。」と拒否していました。女性はまた表情が病院に居る時と同じに見えました。そもそも治らないのはコレだったのではないか?彼女は親の愛があったら病気にはならなかったのでは?これはあくまでも私の推測ですが・・・でも本当にこの親子の会話はショックでした。いたたまれなかった。。。苦しそうだった。60歳前後になる娘も80歳の父親も。

誰が悪いというわけではなく、人間に必要なのはやはり愛だということ。存在の価値、自己受容だということ。

どちらにとっても心の平安がもたらされるようにこの国の意識が精神が健全になっていくといいいなぁ、と強く思う番組でした。

偏見。偏見がなかったらこの世はどれだけ傷つく人が居なくなって幸せなのか・・・

好きなものを食べられ、選択でき、好きなところへ行ける。明日がある、という希望。これがどれだけ幸せなことなのか。当たり前のことこそ日々感じたいですね。笑顔がどれだけ大切か、、、

※精神科病院や精神医療が全て同じ対応や治療をしているわけではありません。