欲しいものが手に入らないときにやってしまっている事

(アメブロからお越しの方は★からお読みください)

結婚できない・・・

パートナーが欲しい・・・

やりたいことが見つからない・・・

子供が欲しい・・・

欲しいものが手に入らない時、

あなたはこれをやっている・・・

 

今に居ない。

 

求めれば求めるほど手に入りません。

さらには本質からそれているから

自分の道じゃない道を歩いている・・・あなたの道を歩いてない。

むむ。どういうことでしょう?

「これ欲しいのにな」と考えているとき、過去や未来のことばかり考えてませんか?

さて、感じてみましょう。

あなたは本当にそれが欲しいですか?

本当にそれが手に入ったらどんなかんじ?イメージしてみて下さい。

イメージしたらどんな身体の感覚がありますか?じっと観察してみましょう。奥の方にある動くものを。

何とも言えない幸福に包まれていたら、あるいは、心地いい感じとか、、、それなら本当に欲しいのかもしれません。逆に何も感じないとかもやもやするものがあれば本当は欲しくないのかも。。。

 

では、もう一つ。紙を用意して半分に折って下さい。

それが欲しい理由、メリットを左側に思いつくだけ書き出してください。全部書けたら今度は右側にそれが手に入らなかったときのメリットを思いつくだけ書き出してください。(無意識が隠されていますから難しいかもしれませんが小さなことでもふと浮かんだもの何でもいいのです。例えば「子供が欲しい」⇒子供ができなかったときのメリット・・・「仕事が続けられる」)

紙に書いたことを冷静に読んでみましょう。まるで他人が書いたことのように。クリアなマインドで。

その中に深層心理が隠されているかもしれません。あなたが欲しいものは本当にそれなんでしょうか?もっと別のものかもしれない、、、と気づいた人は本当に必要なものが入ってくるでしょう。

頭で「こちらの道を行きたい」と思ってもそれが本当に自分が欲している(=運命)道でないなら、或いは、本当の道なのに勘違いや恐れの思考が起こっていたらそこへ向かおうとはしないはずです。

よく直感に従うといいますがそれは思考のせいで本来の道へ行けないと悩むから。

本当に好きなものはやろうと思わなくてもやっているもの・・・余計な”考え”が阻止しているからありのままで生きることができなくなる。。。

必要なものはもうすでにあるのに「ない」と思っているから存在せず、あると思った途端に存在するようになる。

それだけです。

 

「子供ができたらこれをしよう」とか「結婚できている自分」とか考えてばかりで「今」の自分を否定していたら未来の自分も居ないんです。

本当に欲しいのはパートナーではなく、「パートナーがいる自分」だとしたらパートナーはやってきてくれません。

「お金がないからお金が欲しい!」と躍起になっていたら稼いでも稼いでも「お金がない!」と不足感に包まれて満足しない。表面的な思考で生きるからいつまでも満足しない。

なぜ、お金が欲しいのか?本当の理由をもう一度見つめてなおしてみましょう。

結局は自分が自分として満足している自分をつくりたいのです。

婚活したり、貯金したり、容姿をきれいにする前に・・・

きちんと自分を見つけてあげる。そんな作業をしてあげよう^^↓講座二回目やります。(文末におまけ)

 

9/16  まじめなセクシュアリティ(性質・本質)のお話

 ⇒ https://resast.jp/events/284329

 

9/2 東京都 ハンドリフレクソロジー講座

⇒ https://resast.jp/events/284328/

9/9 東京都 ハンドリフレクソロジー体験会

⇒ https://resast.jp/events/284326/

9/16 東京都 まじめなセクシュアリティのお話

⇒ https://resast.jp/events/284329/

9/23 東京都 医学&スピリチュアルから観た女性の身体トラブル

⇒ https://resast.jp/events/274910/

9/30 東京都 EFT(タッピング)セルフケア講座

⇒ https://resast.jp/events/284327/

第三木曜日:本質への気づき「Cafe Practice~カフェ・プラクティス」

⇒ https://resast.jp/page/event_series/28876/

 

欲しいものは地道に今やれることをやるしかない。
「ない」に居ることでずっと「ない」を続けて、いつまでもその道を歩くことを否定していたらスタート地点から動けない。何も始まらない。やればいい。
やっていく中で気づくこと、違う道へ行くかもしれない。
好きなことやってたって、ツラくてしんどいかもしれない。
それもまた人生の貴重な体験。
何かをしなければいけないなんてない。「べき」は誰がつくっているの?
ただ、今起きている心の中のことに正直になってあげる。
ただそれだけでいいのに。
なぜ、人は色々と考えて動けなくなってしまっているのだろう。。。そんな自分も赦して愛して💕

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自分のため?他人のため?

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誰もが人の役に立ちたいと思うもの。。。

そもそも人間の魂の根底にある当然の想い^^

 

でも、それが

 

自分のために”なる”のと

自分のために”やる”のと

 

では全く意味が違ってきます。。。

 

『相手のため、自分のため、○○のため・・・』

これが先にあるとき本質や自然の循環からそれていく・・・

 

この違いを取り違えていると大変なことになります~(;・∀・)

『人の役に立つ』って???

 

「人のためにやること」は目的があっての行動の結果、自分のメリットを重視しています。(無意識としても)

「人のためになること」は執着や目的がない。

出発地点が違うんですよね~

 

基本的に生きる上で自分が幸せなら他人を幸せにできます。

というか勝手に幸せになっています。それが循環で自然の摂理。

でも、他人を幸せにすることが自分の幸せになっているのは

ちょっと解釈が2通りありますので注意。

 

一つは他者を幸せにして、自分が幸せ~、終わり!

 

ならいいんです。

やること自体に歓び。自分の幸せ。

でもそこに相手の反応とか誰かからの賞賛とか承認や主張の欲求があるのは

・・・真逆の行為になってしまっています~💦

本当に人の役に立っているということは見返りを求めないもの。。。

 

もう一つは他者が喜んでくれたことで自分の存在が成り立つとか

他者が喜ばないとがっかりするというのは相手に自分への評価を期待している状態。。。

 

これは承認欲求や依存が潜んでいます。

 

人の役に立つというのは

何の見返りもなく、ただ嬉しいという気持ちだけ。

 

自分を犠牲にして他人に尽くすと依存関係になっていますので

健全な関係ではない~(健全な依存もありますが)

あとは自分の投影だったりします。

自分が癒されたいから他人を癒す、とか。

 

自立した喜びこそが本来の役割=役に立つ、ということですね^^

 

セラピーの世界って(ボディも心理も)癒される側が癒されていないことも多いです。

もちろん完全に癒されている人なんて居ないけれど、、、程度の問題。

 

知識だけ詰め込んで、技法・技術だけ詰め込んで、、、

なんて、人を癒せません。

”自分が癒された分しか他者は癒せない”

 

色々な勉強や知識をつけるのも必要ですが何よりも必要なのは

自分も癒されていること。人間ですから完全、完璧はなく日々行うことが必要なんですよね。

 

いくら難しい専門用語とか知ってても言ってることとやってることが違ってると信頼はゼロ。

そうならないように日々学びと謙虚さ、そしてクリアな意識が必要だなと思っています。

無意識にやってる場合もあったりして人間は本当に弱いものですね~

だから学びは永遠なのですよね。

 

誰のためでもない自分のためにやってますが

それが人様の役に立ち、喜んでいただき、そこに単純な喜びと興味、楽しさがあることが

みんなの幸せの循環なのでしょう。

 

独り占めしようとしたり、評価されることや欲だけが目的になったらそれは不健全なエネルギーとなっていますので幸せの循環からはそれてしまいますね~

 

心から自分が喜ぶことならやりましょう。

とにかくそこが基点。

 

こんな想いがある場合は今すぐやめたほうがいいかも↓

「あなたのためにやってるのに」

「せっかくやってあげてるのに」

「あの人のためなのに・・・」

 

誰かのために自分が我慢したり、無理をするというのも違います~

 

自分の人生を生きていれば本当はそれだけで役に立っている、役割を全うすることになります。

 

一人一人が違うからこそ、違うものだからこそ、この世は成り立っている。

一人では生きれないし、個人個人が自立していないと自然の循環は崩れる。

 

自分の人生を生きるために天命が解っていると生きやすくなります^^

 

究極、生まれてきただけで役に立ってるかも^^

何かしなければいけないということはない。

楽しく生きていればそれだけで・・・(≧▽≦)

 

それにしても純粋でシンプルなことですよね?

相手が笑顔になったら無条件に嬉しくなる、、、これが自然ですね^^