介護なんてしたくない!

(アメブロからお越しの方は★の下からお読み下さい)

タッチケアセラピスト長浜きみえです。

この記事、すごく共感。。。こんなことばかりだった。。。

https://president.jp/articles/-/38670「認知症の母をつい叩いてしまう」シングル介護で苦しむ独身男性の涙声 母は「息子は何も悪うない」と言った「できないことが増えていく母親を叩いてしまう」。ひとりで70代の母親を介護する中年男性はヘルパーにそう告白した。愛する母親の介護を買って出たはずなのに、なぜそうなってしまったのか。「シングル介護」の知られざる苦しみとは——。(後編/全2回)president.jp

私は介護をしたくない、人です。

そんな自分はひどい人だと思っていました。

とにかく老人が大嫌いだった。

そんなことを言ったら

冷たい人だと思われたり
職業柄イメージダウンだと思っていた。

それを友人に話すと、

「そんな経験をしていたら嫌いにもなるよ」

って・・・(つづきはメインブログで)

介護をしたくない!と思っていい

小学生の頃、住んでいたのは4LDKの団地。

父、母、祖母(1→2人)、姉兄妹弟、の7人家族。

はじめは母方の祖母の痴呆が始まり、
毎朝、起きると枕元や廊下に汚物が。。。
匂いで充満している家。

それを私達が起きる前に掃除する父の姿が今でも忘れられません。

それが嫌で嫌でたまりませんでした。
匂いに敏感な私には本当にツラくてたまりませんでしたし、
思春期ですから『臭ったらどうしよう』と学校へ行くのもストレスでした。


なぜ母の姉妹たちは一番貧乏な私の家におばあちゃんを押し付けたんだ?!と
憎みました。

その後、父方の祖母も面倒をみることになりました。

心臓が弱く、痴呆はなかったものの未だに悔やまれるのは
「心臓痛いから車で病院連れって」

という祖母の頼みを断ったこと。。。

子供の頃から親の介護を見てきて、
介護がトラウマのように恐ろしく 無意識に老人が嫌いになったんですよね。

それを気づかせてくれた友人。

意識って面白いですね。

自分には事実すぎて気づいてなかった。

ただただ自分は冷たい人間なんだと思いこんで
それを事実として掴んでいたんです。。。

数年で祖母は死去。

その知らせがあり、夜中に両親が病院へ。

なんと一人で寝ていた私のところに祖母が『音』で来てくれました。
毎晩聞いていた廊下を歩く祖母の足のすり足音。。。

ハっとしましたがそのまま眠っていました。。。

その後、父方の祖母が老人病院へ。

「ボケるくらいなら死んだほうましだ」

と言っていたしっかりとした人でした。

夕張炭鉱で若くしてシングルマザーとなり、子供3人を立派に育てて
晩年は伊東の温泉宿に女中さんとして長年従事していました。

最後に観た姿は病院のベッドに四肢を縛られていた姿。。。

なんとも言えない気持ちになりました。

もう誰の名前も憶えてない、、、のに
私が行くと私の名前を呼ぶ祖母。。。

私は嬉しいというよりも恨んでいるのかなぁ〜なんて
あの時病院へ連れて行かなかった自分をまだ責めていました。

その後、天国へ。

やっと、両親の介護が終わりました。約10数年。

子供だった私はこの時、両親の介護を知ったつもりでいたと後から知りました。。。

その大変さは母の乳がんに繋がっていたんだと後から気づきました。
あの時私がリフレクソロジーやアロマを知っていたら・・・

ときは過ぎ、そんな私がしてしまったこと、、、姑を泣かした(^_^;)

結婚して姑さんから「私の面倒みてね」って言われて
とっさに「まだわかりません」って言ってしまった(笑)

初対面から意地悪な印象であまり好きじゃなかった姑。
嘘がつけない生真面目な性格上、言葉を濁すとかもできず
反射的に本当のことを言ってしまったんです。。。

そしたら泣いちゃった。

私のなかに「介護」という文字は存在させたなくなかった、、、しかも新婚のときは特に。。。

次の介護が来たのは結婚して嫁いで5年、、、

父が61歳のとき、くも膜下出血で半身不随、片麻痺になりました。
手術→病院→保健介護施設を数カ所→自宅→特養ホーム
という10数年、、、

現在も介護度4。

車椅子、おむつ。

父は始め意識不明→
家族の顔もわからないし過去のこともわからない記憶障害
→反側無視(半分が暗闇で見えないという脳障害)→
徐々に回復→
記憶も元に戻る→
片麻痺のまま歩行も出来なかったがリハビリと根性で装具つけてトイレへ行けるように

介護で大変だったこと(私以外のこと含む)
カラダが動かせない本人のフラストレーションにつき合うこと、
尿意障害のため夜中に行く10回以上の介助、
脳障害のため理性低下によりセクハラや罵倒するつもりでなくても施設のスタッフさんへ出てしまう失言、
汚物の悪臭が帰ってもずっと残っている(ように感じる)→これ私固有(^_^;)
施設までの通い
施設の人とのいざこざ、→数カ月いると他へ行くように言われる
介護士によるいじめや暴力→(これ、介護士さんたちも擁護したい)
施設の差別や追い出しによる嫌がらせ→
親子の関係(確執があると常に怒鳴り合ったり喧嘩している、、、過去の関係などあぶり出される)
お金がかかる
その他にもここでは書けないようなプライベートな問題がいっぱい。。。
驚愕の事実が発覚とか。。。

記事で書かれているようなことって誰が悪いとかもう言えない。
うやむやになったことも多々ありますし、
理不尽な条件を飲み込むこともある。
家でだって、施設だって、歩けなくなったら一気に生きるエネルギー失います。
運としか言いようがない、、、
原因を突き止めても誰かを恨んでも仕方ないと思っています。
それよりも介護をどうやって日々こなしていくか日々の悦びを見つけて言ったほうが良いと思います。

でないと、苦しみます。
介護殺人とかは真面目な人こそ起こりやすい。起こしやすいじゃなくて起こりやすい。
がんばりすぎてもこちらが病気になります。

母は父の介護でまたガンに。。。

胃がんでした。

父の介護を頑張っていた母。

抗がん剤や放射線治療などを施しましたが
あっという間にやせ細り、要介護になり、入退院を繰り返して一年半後に亡くなりました。


本当に地獄のような日々でした。。。

私は母が大嫌いで母親として軽蔑していました。
他の兄弟たちもそうでした。特に
姉と母の関係はひどく、、、そこに介入できないのでやれることをやっていましたが
姉の姿を観ている姪っ子たちはこちらへその不満をぶつけてきます。

そんなツライ状況でしたが私を救ってくれたのはリフレクソロジー。

私と母の関係をつないでくれた。
私のストレスを消してくれた。

母の介助で診察で待ち合わせているとき
バスで付き添っているとき
母にイラッとするとき
父の愚痴を聞いているとき
母の悪口を聞いている時
母にも父にもリフレクソロジーが救ってくれました。

何よりも私が癒やされていました。。。

その経験を必要な方に届けたいな〜と冒頭の記事を読んで強く思いました。

母がこのハンドリフレを授けてくれたと思っています。

母に最後は「産んでくれてありがとう」と抱きしめてお別れできたことがその後の私の人生を本当に大きく包んでくれて支えてくれていると感じています。

それがもしできていなかったら今もずーっと母を憎んでいたでしょう。

そんな悲しい人生にならなくてよかったと本当に思いますし、今振り返ると母は全然ひどい人でもなく、単に私がそう思い込んでいたんだと気付かされることが今でもあります。

自分がその立場になるとわかることってありますね。

両親が祖母たちを介護していたとき、すごく立派に見えましたが
必死だったんだと思います。

すごくストレスだけどそれを出せないでカラダに病気として表した。

介護が好きです、なんて人いません。自分から進んでやってみたい!なんて人いない。
しかも実の親なら余計に色々とあります。

そりゃあ、やらなくちゃいけないことだらけ。

でも「嫌い!」とか「嫌だ」って思っても良いと思うんです。

それを「そんなこと思っちゃいけない」と頑張らなくていいと思うんです。

「嫌だね〜」って言いながら
私なんて本人に言いながら(笑)

いっしょに笑ってました。

やれないところは人に助けてもらったり、できる限りデイサービス使ったり(本人が嫌だといっても)しながらでいいと思うんです。

母も「父が可哀想」と一人で預かりました。
たぶん、誰にも相談できずにいたんだと思います。

もっと話を聞いてあげれば、、、と悔やまれます。

人のために何かをしたいと思うセラピストの私でさえ、
介護をしたくない!と思うのです。

介護が嫌いと言っていいと思うし、

しんどい!って言える場所や相手があるといい。

親子だからこそうまくいかない介護・・・
ツライこといっぱいある!!!
でも自分を優先させてね。

介護のために仕事や結婚あきらめないでね。

少しでもあなたの介護がよりよくなりますように・・・

長生き、とか、家族仲良く、なんてのが
いいことだというビリーフ私にはありません。
結果的にそれがあるのは素敵です。が、それを求めて今目の前のご自身の感情を抑圧することをやっていると相手も自分も悲劇になります。

親や高齢者に優しくなるのはルールや刷り込みで行うと失敗します。

理屈じゃ解決できないからとりあえず、非言語コミュニケーションのハンドリフレが私のような人間には救いになったんです。

介護って介護される側、介護する側、両方が負担をできる限り減らしていくことが大事。

だから、、、癒やしつつ、乗り越えるというよりも、日々にフォーカスして感情に正直でいることが良いのかな、なんて思う。

介護うつとか介護殺人とか親にツラくあたっちゃう人、、、
どうか責任感を緩ませることができますように。

私にできるのはハンドリフレ。。。

母がカラダを張って授けてくれたものを皆様に伝授していきます!

⭐イベント予定⭐

🌈9/30 御守りハンドリフレ伝授会ワンコインオンライン

https://resast.jp/page/consecutive_events/3505

🌈ビリオネアの読書術 9/18、10/1
https://resast.jp/page/consecutive_events/4359

🌈ホームハンドリフレクソロジー講座 10/9

https://resast.jp/events/482521

🌈カラダとこころの関係Vol.1「婦人科疾患と女性の不調」10/11

https://resast.jp/events/481288

☎セックスレスカウンセリングモニター募集中!
https://resast.jp/pc_reserves_v2/select_course/7600?course_id=68338&selected_service_provider_id=7600

💖第4水曜日💖

『女性のこころとカラダ相談室』無料ZOOMミーティング
https://resast.jp/subscribe/49747/1348591

投稿者: 44歳から人生変容!レゾナンスタッチセラピー心身ケア!ホリスティックスタジオ・リケア

根津駅から徒歩1分の心身ケアルームのタッチセラピスト渡辺きみえです^^ 2010年〜 心身一体として両面からの根本ケアと人生変容ケアをさせて頂いています。 人生何をやるにも氣づいたときがそのとき!遅すぎるとあきらめないことが実現の第一歩✨変容も覚醒も人生の愉しい通過点♫なぜか私に会うと恋愛がうまくいったりいいことが起きるらしい🌈ので確かめにお越しください😂 繊細/敏感/HSP気質など特殊感覚の方も安心してリラックスできるやさしいタッチケアと「今まで体験したことのない新しい感覚・氣持ち良さ」が人氣です✨ 血流、氣を通すことで心も身体も両面をケアして本来の生命力を養います。 人生も身体も不調は本来の自分に戻ることで健康に✨ 自己受容、自己愛、自己肯定感ケア、女性の不調ケア、男女のパートナーシップ、メンタルケアで人生を豊かにするお手伝いをしています。 現在、個人セッションの他、「あなたの手が神の手!プロジェクト」としてハンドリフレクソロジーで介護やセルフケアに役に立つケアの本質、タッチングやスキンシップの大切さをお伝えしています^^ https://hsrecare.com/ws  新情報はFacebookで^^https://www.facebook.com/HolisticstudioreCare エヴァセラピー専用ページ→https://info59502.wixsite.com/evatherapy

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